瞳の温度

9,リントとジル

 たとえば、人混みの中でも貴方を見つけられること。

「あ、ロイズさん!」
 自警団員は皆同じ制服を身に着けている。それでも人波の間から見えた背中が誰なのかジルは直感的に分かった。
 ロイズの視線がさまよい、買い物袋を抱えたジルとリントを捉える。見張られた青い目が和らぐ。
「ああ、ジルか。リントと一緒に買い出しなんて珍しいな」
「お屋敷で晩ご飯を一緒に食べるんです。あ、ロイズさんも良かったら……」
「ジル」
 晩食を誘いを遮るようにリントが短く呼びかけて首を横に振った。不思議そうに目を丸くするジルに、ロイズは苦笑しながら後頭部を掻く。
「悪い、今日は用事があるんだ。また今度な」
「あっ、そうなんですね。分かりました」
 ジルは慌てて頭を下げる。その金髪を撫でて微笑み、ロイズは片手を揺らして人混みに消えていった。
「……自警団のお仕事がまだ終わってなかったんですかね」
「今日は後輩に会いに行くんだと思う」
 リントは再び歩き出しながら言う。その後を追いながらジルは目を瞬かせる。
「後輩さん? 自警団で集まりでもあるんですか?」
「……つい最近、その後輩が森で魔物に襲われてさ。一命は取り留めたんだけど、精神的にヤラれて完全に正気を失ってるんだ」
 表通りから抜けて、屋敷に続く入り組んだ狭い路地を進む。人波でも小路でも、リントの歩調が乱れることはない。ジルは何となく足取りが重くなって、引きずるように早足で進んだ。
「……その方のお見舞いに行かれるんでしょうか」
「違う。看取りに行くんだ」
 ジルは一瞬呼吸が詰まった。狭苦しい路地は薄暗く、目の前の白衣姿の背中はどんどん遠ざかっていく。
「自警団に所属する団員は予め家族と本人に確認を取っている。“そうなったときどうしてほしいか”を」
 顔から血の気が引いていくのをジルは感じた。自分が歩いているのか立っているのかも分からなくなる。
 正面を向いたまま歩いていたリントがようやく立ち止まり、呆然と立ち尽くすジルに振り向いた。
「……どうして」
 ジルの足元には買い物袋が落ちて中身が転がり出す。伏せられた瞳から大粒の涙が溢れる。
「……どうして、リントさんは……そんな、平気でいられるんですか」
 いつもの調子で無表情に近い顔つきのまま話すリントが、ジルからはとても遠くに立っているように感じられた。実際はほんの数歩の距離で、リントは顔色一つ変えずに買い物袋を拾う。
「だって、本人が選んだ生き方だろ」
 もし幼馴染が“そうなった”ときも、彼は今と変わりない顔でいるように思えてジルは心苦しかった。だって、本当はそうでないと知っているから。なのに、どうしても今のジルには紅い瞳から温度を感じ取ることができなかった。